日本語 - 日本

    テレビのオーディオはかつてないほど変化している

    By Alfred Chan

    「Joker」や「Women Talking」で喝采を浴びた作曲家、Hildur Guðnadóttirが製作する、感情に訴えかけるような音楽からは、没入感豊かな音を感じることができます。個々のエレメントが聴衆の周りを駆け巡り、ストーリーの中へと深く誘います。感情が高まり、登場人物はより生き生きと描写されます。

    「私は常に音の空間化をテーマとしてきました」と、Guðnadóttirは話します。「音の感じ方は、その音がどこから来るかによって本当に違ってくると思います。私は、音が動きながら聞こえるときの音楽の感じ方について、長年研究してきました。」

    この没入体験は、かつては映画館でしか得られなかったものでしたが、最先端のTVオーディオ技術の発展によって、家庭でも実現可能になってきています。昨年秋に発表されたDolby Atmos FlexConnectは、世界最大級のファブレス半導体企業であるMediaTekのチップセットを搭載し、スピーカーの配置位置に関係なく、部屋を美しい音で満たすワイヤレスオーディオを実現します。

    Guðnadóttirのダイナミックなサウンドスケープが家庭のマルチスピーカー環境に合わせてカスタマイズされ、生き生きと再現されます。FlexConnectは、テレビと室内スピーカー間のオーディオ体験を融合させ、文字どおり、あなたの周りのサウンドを操縦するのです。

    “「以前は、ある1つの音は左のスピーカー、別の音は右、と決められていました。しかし今では、‘この音はここから始めてこちらに移動させよう。’という風に、テクノロジーが音を操縦するようになりました。」

    TVデザインはどのようにオーディオの革新を促したか

    20世紀に生まれた人は誰でも、ブラウン管を必要としたテレビの時代を覚えていることでしょう。電磁気制御のビームが真空管の中で発射され、Lucy RicardoからSteve Urkelまで、お気に入りのキャラクターが蛍光面の向こう側に映し出されました。構造上、テレビは分厚くて重く、その割に画面は小さなものにならざるを得ませんでした。

    当時、この構造には比較的高品質なスピーカーを設置できる空間が残されていました。適切なダイヤフラムやエンクロージャーと一緒にフルレンジのドライバーを設置して、歪みを最小限に抑えた豊かなサウンドを実現することができたのです。また、TVスピーカーはスクリーンと同じ方向を向くことができたため、TVからの音波が視聴者を包み込みました。

    この構造を一変させたのが、薄型TVの台頭です。薄型TVではスクリーンが実質的にフロント全体を占有してしまうため、スピーカーはダウンファイアリングかバックファイアリングのいずれかの方式を採ることとなりました。そして、薄型スクリーンがどんどん薄くなるにつれて、高品質オーディオハードウェアを配置するためのスペースは縮小していきました。サウンドは小さくなり、低音域は失われました。テレビメーカーは、オーディオへの投資額を絞り始めたのです。

    もちろん、オーディオ品質への要求が下がったわけではありません。ただ、それはテレビとは別の問題となってしまったのです。

    リスナーの周りにスピーカーを戦略的、たとえばサブウーファー(低音)レベルを耳の高さ、あるいは耳より上(頭上)の高さに配置し、それぞれに分けてチャンネルを再生する、サラウンドサウンド付きのホームシアターは、ブラウン管テレビの時代からすでに存在していました。しかし、薄型TVによって、このアプローチの必要性が一層大きくなりました。そのため、オーディオの革新はサウンドバーやサテライトスピーカーシステムのような外部コンポーネントへと移り変わっていきました。

    集大成:オブジェクトベースオーディオ

    2010年代後半になると、サラウンドサウンドオーディオは新しいトレンドを生み出します。それは、MediaTekのチップセットやDolby Atmosなどのメーカーが開発の先陣を切った、オブジェクトベースオーディオの台頭です。オブジェクトベースオーディオとは、その名のとおり、TVから限られたチャンネルの音が出力されるのではなく、音をオーディオオブジェクトとして解釈し、部屋の中に適切に配置することができます。得られる効果として、リアルで没入感のあるサウンドが臨場感を持った空間性でリスナーの耳の周りに再現されます。

    数百以上のスピーカーが建物のいたるところに設置されているDolby Atmos導入映画館を訪れてみると、3Dサウンドスケープを音が移動する様子を体感できるでしょう。前方左の森の葉に降り注ぐ雨が、次の瞬間には右肩の後ろにある葉でパタパタと音を立てます。

    2013年に公開されたSandra BullockとGeorge Clooney主演の地球軌道系スリラー、「Gravity」は、Atmosを採用して製作された最初の映画です。

    「宇宙ステーションが回転するシーンは、当時の映画界で最も大きな驚きのひとつで、それまでの固定概念をすべて打ち壊すようなものでした。」と、MediaTekのMarketing部門ディレクター、Vikram Shrivastavaは話します。「複数のスピーカーを混在させることで、宇宙船を観客の頭上に浮かべることができたのです。これは、1つの音を左のスピーカーに、別の音を右にと、それぞれ固定して決めていた時代には考えられなかったことです。しかし今は、‘この音はここから始めてこちらに移動させよう。’という風に、テクノロジーが音を操縦するようになりました。」

    Atmos対応のマルチチャンネルホームシアターは、これと同じ体験を家庭でも可能にしますが、ユーザーはそれに伴うトレードオフにためらいを見せたのです。

    リスナーが生み出す、新しいサウンドスケープ

    一般的なユーザーは、オプションのサラウンドサウンドセットアップを設置するスペースやニーズを持っていないことがほとんどです。スピーカーをおくべき場所には、すでに別の家具があるかもしれません。あるいは、薄型スクリーンに合うワイヤレスですっきりした壁を求めていて、大きなA/Vレシーバーを置いてごちゃごちゃさせたくないと考える人もいるでしょう。

    プラグアンドプレイのサウンドバーは見た目がすっきりしていますが、通常はeARC(オーディオリターンチャンネル)を使いHDMIケーブルでテレビと繋ぐ必要があり、結果的にテレビを置いている棚から音が再生されるということになりがちです。そのため、ユーザーの座る位置によっては必ずしも理想的なオーディオ環境にならない場合があります。例えば、TVが部屋の隅に置かれていてL字型ソファに面している場合、TVに取り付けたサウンドバーからの音は、ちょうどソファ分割部の空間に抜けていきます。

    しかし、Dolby AtmosのFlexConnectシステムなら、ユーザー独自のFlexConnect対応スピーカーをFlexConnect対応TVに接続します。スピーカー自体が調整を行い、TVに自身の位置情報を伝えます。TVチップはスピーカーの位置情報をキャプチャしてマッピングし、オーディオオブジェクトをそれぞれのワイヤレススピーカー(左、右、背面)に割り当てていきます。これらの作業はすべて、シームレスに行われます。

    また、スピーカーは自身の能力も伝えます。例えば、3 wayスピーカーは自分にはたくさんの低音があるとTVに伝えます。そうすると、それに準じて音が割り当てられるのです。また、先進的な構成のスピーカーであれば、天井から降り注ぐような音を再現するためのアップファイアリング機能を使うこともできます。

    まさにテクノロジーを駆使したサウンドで、Hildur Guðnadóttirが得意とする分野といってもいいでしょう。

    「エレクトロニクスやテクノロジーを音楽に取り入れると、より多くのものが得られます。」– Hildur Guðnadóttir

    テクノロジーが生み出す、新しい音楽

    「テクノロジーは、私のプロセスの大部分を占めています」と、クラシカルな訓練を受けてきたチェロ奏者でもある、Guðnadóttirは話します。「私は、古いものと新しいものを組み合わせて前へ進む技術の可能性に、非常にワクワクしている。伝統的な楽器を組み合わせると、今まで存在すら知らなかった音が生まれることがあるのです。」

    バンドでペダルやマイク、レコーディング技術について研究を重ねていたころから、高い評価を受けた楽曲で限界に挑戦したときまで、それは常時彼女の心の中にありました。実際、Guðnadóttirの音楽は独自性に溢れ、複数の弦楽器が音色を響かせ合ったり、グラミー賞を獲得した「Chernobyl」の楽曲では原子力発電所の不気味な音を表現したりしています。

    「エレクトロニクスやテクノロジーを音楽に取り入れると、より多くの恩恵がもたらされます。」と、彼女は話します。

    影の立役者、データトランスミッション

    「Gravity」や「Chernobyl」をDolby Atmosによって強化した圧巻のサウンドで楽しむ場合でも、オブジェクトベースオーディオを陰で支える立役者は、データトランスミッションです。このようなサウンド体験には想像以上に多くのデータ通信が必要になるため、通常のBluetoothによる通信では対応が難しく、Wi-Fiが唯一のソリューションとなります。

    しかしWi-Fi 4やWi-Fi 5のような初期の規格では、マルチチャンネルオーディオには対応できません。一方で、Wi-Fi 6はより多くのチャンネル(10チャンネル)に対応でき、さらにWi-Fi 7(MediaTekはこれに対応した初のチップセットを複数発表しています)は、ワイヤレススピーカーを使って真のオブジェクトベースオーディオを実現させるスループットとレンジを備えています。

    テクノロジーは幸せな偶然によってもたらされます。スピーカーとアウトプットテクノロジーが成熟したのは、ちょうどオンライン帯域幅がマルチチャンネルサウンドの無線操作を行うのに十分なロバスト性を確立したのとほぼ同時期でした。

    音楽の中の空間-そして、空間の中の音楽

    空間の中で音楽を動かそうとするなら、Guðnadóttirの楽曲から始めるのが最適です。「Tar」では、彼女の洗練されたシンプルな弦楽器の旋律が音の周波数を上下に揺らし、ときおり、その中に意図的にまばらなリズムで構成されたパーカッションが加わります。また、「Chernobyl」では、背中がゾクゾクするような不気味な送電音と印象的なコーラスがブレンドされ、発電所そのものが楽器になっています。

    「作曲するとき、その音楽がストーリーの一部になると同時に、解釈の余地を少し残すよう心がけています。」と、Guðnadóttirは話します。「観客として、何らかの疑問や自分なりに想像する余地があるのはとてもおもしろいと思います。」

    オブジェクトベースオーディオのために作られたものがあるとしたら、このような楽曲(や映画)でしょう。そして近い将来、MediaTekはこの技術を多くの人に提供したいと考えています。

    私たちは、従来のTVへの負担を軽減するために、今後はオーディオ処理の一部がTV側ではなくスピーカー自体で行われるようになると予想しています。MediaTekのエンジニア達は、旧型や、それほど高価でないTVであっても、MediaTekのスピーカーチップセットによって早急にオーディオ品質をスケールアップしていきたいと考えています。もしそれが実現すれば、最終的にはDolby Atmos FlexConnectがエントリーレベルTVにも開放されることになり、事実上、より幅広いユーザーと価格帯でこの技術が一般化されることになります。

    Guðnadóttirは、没入型体験をより身近にするため全力を注いでいます

    「MediaTekをはじめとする様々な企業が技術の進歩を推し進める中で可能性がどんどん開かれていると実感しています。音楽においてもこれまでとは全く異なる次元が開かれ、コンサート会場や映画館でしか体験できなかったサウンド体験が、ホームオーディオ体験として新たにもたらされるのです」と、彼女は話します。「没入型オーディオが一般の聴衆にとってより身近に感じられるようにするのは、非常に有益だと思います。」

    MediaTekのテクノロジーがどのように没入型体験をもたらすかについては、Visionaries on Vision Series(Hildur Guðnadóttir編)をご覧ください。

    Alfred Chanは、MediaTekのTV事業部およびインテリジェントマルチメディア事業部テクニカルプロダクトマーケティングの副社長です。